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2005年9月14日

カタカナ外来語の氾濫

タイトルのリンクは"英辞郎"、パソコンで動く英和・和英辞典のページ。

 言葉、つまり文章の難しさとは聞き手、読み手にこちらの意図を過不足無く、正確に伝えるところにあるだろう。
 つまり、職業的、教育的、文化的背景が異なる他人に、自分の意思や主張が正確に、誤解されないように伝わるように、意識する必要があるということだ。
 このときに、使用する"言葉""単語"には"読み手と共通の認識がある"という暗黙の前提が存在するだろう。
 辞書は学術的に"言葉"の意味をまとめたものという見方の他に、ある言語体系における"言葉"に対する最大多数の共通認識をまとめたもの、と言う見方もできるだろう。
 "言葉"は時代と共に変化する。それはその言語を使用する集団の、その"言葉"に対する共通認識が変化していくことの現れであろう。

 冒頭に相手に意を伝えるための文章の難しさを記したが、最近、巷間には読みにくい文章が溢れかえっている。
 他人をけなすのは私が最も嫌悪することだが、最近、目にする文章の読みにくさ、理解のしにくさには少し辟易気味だ。文化・教育レベルの低下か?!と危惧したくなるほどだ。

 文章が読みにくくなった原因の一つとして、"カタカナ外来語"の氾濫が挙げられるだろう。
 例を挙げると…、
・航空インシデント(incident)
・コンプライアンス(compliance)
・ビジネス・エシックス(business ethics)
・シナジー(synergy)効果
・ディスクロージャー(disclosure) 等々。
 日本語の便利なところは外来語をカタカナ表記して使える点にある。
 しかし、上記の言葉、わざわざ外来語をカタカナ表記して使う必要があるだろうか?
 例にあげた言葉はいずれも官公庁、企業が公にした文章からの引用である。
 上に取り上げた全ての"カタカナ外来語"には、すでに立派な日本語が存在している。
 どのような意図で、わざわざ"カタカナ外来語"を使用したのであろう?
 勝手に推測すると…、
1)日本語の既存単語の意味とは若干異なる意味を表現したい。
2)カッコ良いから。頭良さそうに見えるから。
3)普段使っているので、読み手にも通じるだろうから。
4)本当は読み手に理解して欲しくないから。
 といったところか?
 恐らく3)が正解だろう。私も時々、このミスを犯す。
 1)もあるかもしれないが、読み手に判るように文章中に明示するべきだろう。
 
 現在、"カタカナ外来語"がどんどん増殖しており、まさに"氾濫"という表現がぴったりだろう。
 しかし、増殖し続ける"カタカナ外来語"、全ての読み手が理解できるだろうか?
 業界や学問などの限られた分野では"カタカナ外来語"を使用したほうが効率的かもしれない。
 しかし、誰が読むかわからない公開文章に使用するのは如何なものであろうか?

 "カタカナ外来語"氾濫の原因は恐らく以下の2点だろう。
a)IT産業の急速な発展と広がり
b)経済・産業のグローバル化
 a)に挙げたIT産業はまさしく"カタカナ外来語"やアクロニム(acronym:頭文字を並べた略語)が氾濫している業界といえる。
 門外漢にとってはIT業界の文章はまさに”異国の言葉”だろう。
 しかし、IT業界は進歩があまりにも急速であり、次々に海外から新しいものが入ってくるので、一つ一つ日本語にしている余裕はないのであろう。

 IT業界のみならず、日本中に"カタカナ外来語"を氾濫させている要因は恐らく、b)だろう。
 私はなにも、"グローバル化が悪い"というつもりはない。
 "グローバル化"は世界の流れであり、追随していかねばならないのだろうが、弊害も多く、何もかも"グローバル化"する必要はないと思う。

 現在の日本語は漢字とかなを適宜使用した、読みやすい言語だと思う。
 表意文字である漢字を利用した文章は見ただけで意味が伝わり、便利だと思う。
 一部の人にしか通じない"シナジー効果"よりも"相乗効果"の方がわかりやすいだろう。
 以下によく使われる格言を記しておこう。
『有能な人は難しいことを簡単に判りやすく説明するが、そうでない人は簡単なことを難しく表現する』
 私も"有能な人"の文章が書けるように意識することにしよう。

2 コメント:

danran さんのコメント...

私もノーグッドアットカタカナ語だ。

ちゃめ さんのコメント...

昔は漢字とひらがなの文章にカタカナを入れるとインパクトがあったけどね。
今はカタカナが多すぎて、インパクトもないし、逆に漢字のほうが新鮮だったりするね。


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